一度に吐き出すような詩しか綴れないので、
畢竟我只能寫出一次性傾吐完成的詩文
チャンスを何度も用意されると少々疲れるな。
面對太多機會反倒有點疲憊。
詩にも成らない散文銃を攜え此処に來た。
帶著不成詩的散文槍來到這裡。
全員倒すから今回も楽しんでいってよね。
這次我會擊倒所有人所以好好期待吧。
始まりましたわ直情音楽、極度に淺くて下品なフレーズ。
開始了哦,那感情赤裸裸的音樂和極度膚淺粗俗的句子。
聴いちゃあ居られないと仰るなら今すぐ聴くのを止めたらいいです。
要是聽不下去,立刻停下別聽就好啦。
必要なのは數字であって貴方の共感ではないのだから。
我需要的是數字而非你的共鳴。
再生數にはカウントされたよ。聴いていただいてどうもありがとう。
你已經被算進播放數據中咯,感謝你的聆聽。
凡ゆる肯定感失ってゾンビみたいに為っちまう。
失去所有的肯定感,宛如行屍走肉。
疑う餘地もなく調理する言葉がそこに有るのです。
被烹煮得不留餘地的話語便存在於此。
踏んでも惹き立てる果実は√2に腐っちまう。
即使被踐踏也依然奪目的果實,也會一夜又一夜後腐爛。
僕からしか摂れない栄養を過剰に食べて死んでよ。
過度攝取只有從我這裡才能獲得的營養而死去吧。
標的一つ撃って満足か?狹い界隈で。
在狹窄的圈子裡擊中一個靶子就滿足了嗎?
絶え間なく比べる評価、インパクト、世論を揺らすのさ。
要動搖那些毫無止境的對比評價、衝擊以及輿論呀。
正気と狂気の區別も付かない、創作者として有るまじき思想?
無法區分理智與瘋狂,是身為創作者不應有的思考?
そんな事よりも楽しみたいだろ、Serum剝き出しの冷間圧延。
比起糾結這個,還是更想享受能讓血清裸露的冷軋吧。
一般から見ると満ち足りた音楽。貴方に無いモノ、僕には有るので。
在一般人看來,是足夠滿足的音樂。我擁有你所沒有的東西。
僕から見ると報われぬ音楽。奇跡の切符は先日落とした!
在我看來是吃力不討好的音樂。奇蹟的車票,前幾天弄掉了!
狙いの定まらない散弾論法、數撃ちゃ當たるドッジボール。
這是目標不定的散彈論法,堆數量總能擊中的躲避球活動。
思考を傾けて石灰を噛んで砕いて飲み幹す。
傾思嚼碎石灰一飲而盡。
自分にしか綴れないモノでなければ意味がない。
唯獨只有自己才能寫下的東西才具有意義。
しかし何処から何処までが自分の言葉なのか?
但是,自己的語言又究竟佔了幾成?
流行りの機械學習かリスペクトか盜作か。
是當下流行的機器學習?是致敬還是抄襲?
無垢で無知な貴方達は見分けられず踴るだけさ。
純潔而無知的你們無法辨認,只會被牽著跑。
手段は選んじゃ居られないのです。
現在只能不擇手段啦。
揶揄したってさ、風潮を変える力はないな。
就算自己主動揶揄,也無力扭轉風潮。
夜の隙間、買い漁る失意と失望。
在夜晚的間隙將失意與失望滿倉收購。
正真正銘原価ゼロの"何者かに成りたい気持ち"で、
要是真正零成本的「想要成為什麼人的心情」
孤獨な日々を埋められたならいいのにな。
能夠填滿孤獨的每一天那該多好。
綺麗な動機を並べてみたって電池が切れたら意味ないじゃないか。
羅列一堆漂亮的動機,電池耗盡不也沒意義嗎?
負の感情でも駆動できるだろ。不平と不満と嫉妬と羨望。
負面感情也能驅動自己呀。抱怨、不滿、嫉妒與艷羨。
それが呪いだと言うのであれば壊れちまうまで付き合うまでだな。
倘若你要斷言那是詛咒,那就奉陪我直到我崩潰為止吧。
僕は魔改造裝填システム、言い足りないのでもう一回し!
我是魔改裝填系統,還沒說夠所以再來一輪!
何にも持たない貴方の"愛"では救える命も救えないからな。
源於一無所有的你的「愛」可無法拯救生命。
辭めるか病むかは此方の事情だ。他人を変えるなど誰もできないよ。
無論選擇放棄還是患上心病都是自我責任,誰都無法改變他人。
救うなんて幻想だ。人が勝手に救われるだけなのだから。
所謂拯救僅是幻想,不過是人會擅自從中找尋救贖。
記念すべき50曲目の僕が勝手に救われてみたいんだ!
就像我擅自在這值得紀唸的第50首歌中得到了拯救一樣!
後には退けないぞ、今回は犠牲の多いジャッジメント。
現在可沒有退路了,這將是一場犧牲眾多的判決。
100人やそこら失って1000人得なきゃならない。
若是失去了一百多人,就得爭取到一千人。
問題だらけでも"eye"してよ。有象無象とは違う。
即使問題百出,也要注視我哦。我和那芸芸眾生可不一樣。
10月8日の今日、世界は極彩色の宴だ。
在10月8日的今天,世界將化為五彩繽紛的盛宴。
僕らは生れつき持っている、勝ち負けのない価値を。
我們與生俱來的價值,無法判定輸贏勝負。
それでも予め底辺と高さだけ示されている。
即使如此,還是會展現出高低之差。